M'ayの世界観、というもの
— なぜか惹かれる場所には、たいてい理由がない —
「なぜこの写真なんですか」「どうしてこの色なんですか」と、デザインの世界観について聞かれることがあります。正直に言うと、うまく答えられないことも多いです。
でも、うまく説明できないことにこそ、案外いちばん本当の理由があるのかもしれません。今日はその話をします。
子供の頃、何度も読み返した本があります。「不思議の国のアリス」です。
ウサギを追いかけて穴に落ちる。飲むと小さくなる瓶と、食べると大きくなるお菓子。永遠に終わらないお茶会。理屈で説明しようとすると、途中であきらめたくなるような話です。でも、あきらめたくなるその感じごと好きでした。
大人になってから読み返すと分かるのですが、アリスの世界は「わかりやすさ」を目指していません。
チェシャ猫は笑いながら消える。女王は理由もなく怒る。時計はいつも同じ時刻を指したまま止まっている。すべてに意味を求めると疲れてしまう。けれど、意味を求めるのをやめた瞬間からその世界はとても居心地がよくなる。
不思議なのは、こんなに筋の通らない話なのに何十年経っても色褪せないことです。
ハートの女王の理不尽さも、帽子屋の壊れた時間も、大きくなったり小さくなったりするアリス自身の体も、当時のわたしにとっては「変なもの」ではなく「そういうもの」でした。子供は案外、説明を必要としません。ただ、その世界にいたいかどうか、それだけで判断します。
説明できないことは、
欠点ではなく、余白なのかもしれない。
M'ayを作るとき、いつも頭のどこかにこの感覚があります。
「なぜこの写真なんですか」「なぜこの色なんですか」と聞かれて、それらしい理由を並べることもできます。でも本当のところは、もっと単純です。ずっと好きだったから。子供の頃からアリスを読んでいた自分が、大人になっても変わらず好きなものを、そのまま形にしているだけなんです。
バインダーを開く、リフィルを挟む、お金を入れる。どれも地に足のついた、とても現実的な行為です。
でも、その現実的な行為の中に少しだけ「うさぎの穴」のような入り口があってもいいと思っています。開けた瞬間、少しだけ違う場所に迷い込んだような気持ちになる。理由は説明できなくていい。ただ、そこにいたいと思える場所であれば。
お金のことは本来とても現実的で、時に少し息苦しいものです。
だからこそ、その隣にほんの少しの不思議があってもいいと思うんです。バインダーを開いた瞬間だけは、うさぎを追いかける気分でいられるように。数字と向き合う時間に、物語の入り口をひとつ添えておきたい。それが、M'ayというブランドがずっとやろうとしてきたことなのだと思います。
M'ayの商品に、時々「世界観が好きです」と言っていただくことがあります。
うまく言えないけれど、なんとなく好き。それは狙って作った曖昧さではなく、たぶん、説明のつかないものを大切に扱ってきた結果なのだと思います。アリスがそうであったように。
このM'ay Libraryというシリーズも、そんな場所にしたいと思っています。
毎月、商品の説明ではなく、その奥にあるものについて少しだけ言葉にしていきます。次回は「いくつもの童話が集まる世界の話」です。
— M'ay